モーション分類集(随時更新)

こんにちは!お久しぶりです、就職活動を終わらせた蟻です。

この記事では、大会ごとにモーションをカテゴリに分けて分類したシートを随時貼り付けていきたいと思います。

他にも作ってくださる方募集中です!

(2018年8月1日更新)

WUDC モーション分類 - Google スプレッドシート

モーションの時代ごとでの推移がよく見えます。最近のモーションは長いですね。昔のモーションよくわからないけど面白いですね笑 

ABP Motion分類 - Google スプレッドシート

(2018年8月3日更新)

NEAO Motion分類 - Google スプレッドシート

HKDO Motion分類 - Google スプレッドシート

 また、4年のあつしくんがJBPの分類を作ってくれました!!ありがとうございます!

JBPモーション分類 - Google スプレッドシート

モーション分類集(随時更新)

こんにちは!お久しぶりです、就職活動を終わらせた蟻です。

この記事では、大会ごとにモーションをカテゴリに分けて分類したシートを随時貼り付けていきたいと思います。

他にも作ってくださる方募集中です!

(2018年8月1日更新)

WUDC モーション分類 - Google スプレッドシート

面白い点:モーションの時代ごとでの推移がよく見えます。最近のモーションは長いですね。昔のモーションよくわからないけど面白いですね笑

 

Medical Ethics

お久しぶりになってしまいました。栗です。


今回JPDUから頼まれて、ジェミニ後の2年生向けにmedical ethicsについてまとめました!


めーちゃ長いですが、ここでも共有しておきます!


以下コピペ


Medical Ethics     

東京大学3年 栗原悠太朗

皆さんこんにちは!UTDS 3年の栗原悠太朗です。

今回、Gemini Cupを終えたばかりの2年生を主な対象としたMedical Ethicsについての寄稿文を担当させていただくことになりました。微力ながら、何かの糧になれば嬉しいです目安とされた分量よりだいぶ長いですが(倍くらいですごめんなさい)、内容としては非常に読みやすいものになっていると思います。飛ばし読みしながら、大事だと思うところだけ拾ってください。パソコンで読むのをお勧めします。

 

さて、「医療倫理」という言葉を聞いたときにどういう話が想像されるかはこれまで皆さんがあたってきたモーションたちに左右されると思いますが、現実において「これこそが倫理である」という単一の答えはありません。もちろん医師が従わなければならない原理原則はあります。しかし現実の安楽死の問題などを見て分かる通り、議論は一筋縄ではいかないものです。それはなぜかというと、原理原則の要素同士が互いにぶつかり合うからなのです。例えば先ほどの安楽死の問題では、単純に言えば「患者の意志を尊重しよう」という原則と「医者は患者に危害を加えてはならない」という原則が二律背反として存在していますね。

 

なので大事なのそれぞれの原則がどういう理論的背景を持っているのかを理解することがまず1つ。しかし、それだけではなぜその原理の方を重視すべきなのか決着がつきません。そこで2つ目が、実際の医療の現場がどのような状況になっているかをいつも想像することです。なぜこの状況においてはこっちの方が大事なのか?ということ。これは単に知識というだけの話ではなく、「患者はこのような状況になったらどういう心境になるか?家族はどうか?彼らにとって医者とはどのような存在か?当の医者はどのような人間なのか?」などを必ず考えることを意味します。もちろんいつもやっているお得意の「キャラクタライゼーション」ということなのですが、「末期患者だからirrational」とかはちょっと単純すぎやしないか、と思います。

 

前置きはこのくらいにして、実際の内容に入っていきましょう。部構成となっています。

1. Theoretical aspects of each principle
2. 個人的に興味がある、または知っておくといいかもという事例

 

関連するモーションは適宜青い文字で挿入していくことにします。説明だけだと退屈だと思うので、実際のモーションに当てはめながら考えてみてください。

 

1. Theoretical aspects of medical principles

医療倫理には大きく分けて4つの原理原則があります。 

● Respect for autonomy

患者自身の、患者の健康に関する決定を尊重することです。ただしひとつ条件があって、患者自身がその決定を行う能力を備えていることです。

患者は治療法を選択する権利があり、またどのような理由によっても、途中で治療を中止することが可能です。

この背景には、単一の客観的な指標の欠如があります。「健康観」は人それぞれなのです。

また、医師と患者の間のある種のpaternalisminformation asymmetry がある以上、医師がこの原理原則を持って積極的に患者を尊重しない限り、患者の本当の意思は無視されてしまいます。

● Non-maleficence

危害を加えるな」ということ。まあ当たり前です。

ただ難しいのは、何を「危害」と思うかについて医師側と患者側の論理が違う状況があるということです。

 

Autonomy vs Non-maleficence

THW allow active euthanasia

THW allow terminally ill patients to take medicines that haven’t completed clinical testing

THW make abortion mandatory in cases of severe medical conditions that lead to short and painful lives

 

● Beneficence

上のNon-maleficenceと似たようなコンセプトで、実際多くの場合2つはオーバーラップしますが、「患者のためになることを最大限やる」ことです。

● Justice

これはmedical practicesというよりはresource allocationに関する話にもなり得ますが、「すべての患者を公平に扱え。特定の人を差別してはならない」ということ。これは実際のコンテクストでは、個人の医者の決断というよりは法律レベルや病院の方針によって決定されることが多いです。

 

Justiceprincipleがどれだけ医師を規定するか

THW allow doctors to refuse treating patients based on their personal belief (e.g. religion)

THBT medical NGOs should not treat public enemies (e.g. terrorists)

THBT medical professionals in military should refuse to treat tortured patients

When a doctor is faced with mutually exclusive options of saving your lover and saving a complete stranger, who are both in a critical condition, THBT it is morally blameworthy if the doctor chooses to save the former

 

 

 

 

 

 さて、これら4大原則に付随した上で、実際のディベートや医療の現場において出てくるもう少し細かい概念について話していこうと思います。

 

◇ Informed Consent, IC

これはよく聞く単語だと思います。医者が患者に対して負う説明義務、もうすこしいえば「患者がそれを理解し、明確に同意した上での治療」をする義務です。

なぜこのコンセプトが大事なのでしょうか。

1つには、知らなかった時の副作用などがあります。薬の副作用で死に至った後で、「すみませんご臨終です。あれ、言ってなかったっけ?」では済まされません。

 

2つ目は、もうすこし「プリンシプル」チックに、患者の自己決定を尊重しなければならないからです。治療法の中にも色々な選択肢があり(がん治療における抗がん剤の選択など)、また治療をしないという選択肢もある中、1つの治療にどのような効果や副作用が含まれているのか、そして他にどのような治療があるのかを知らないまま治療に向かうことは、患者の病気に対する向き合い方、未来に関する意思決定能力を著しく阻害することになります。

 

3つ目、これはおそらく1年生などにとって少しadvancedな話なのですが、そもそも医療行為自体が侵襲的であるから、というのも挙げられます。

 

侵襲(Invasion)、侵襲的(Invasive)

生体を傷つけて、何かしらの変化を起こすこと。恒常性を乱すこと。

医療行為としての侵襲は、外科手術による切開、切断、薬剤の投与などが挙げられる。(Wikipediaより)

 

個人の体を切り刻む、あるいはそれまでなかった物質を注入する。これらの行為は「普通は」許されていませんし、一般人がやれば傷害罪です。ほぼ唯一認められている例外が、「医師による医療行為であること」なのです。そして患者が医師の医療行為に同意したからこそ、初めて医療行為としてこれらのことができるのです。仮に「医師」という肩書きを持った人だとしても、嫌だと言っている人に対して無理やりメスを入れて身体を侵襲し傷つけることは許されません。

 

これらが、ICが重要な理由です。アメリカなどでは、医師がこのICを本当に患者が理解できうる

形でやったか、患者が理解したことを明確に確認したか、などのチェックが日本よりもとても厳しく、特に医療訴訟などの時に争点になりやすいところです。

 

Informed consent

THBT doctors should always tell patients the true condition of their illness

THW allow doctors to actively lie to patients aiming for placebo effect

 

 

 

◇ (ICに付随して) Capacity 

さて、4大原則の1つ目のところで少し触れたのですが、ICや意思決定の前提として、個人がそれを決定する能力がある、というものがあります。

Capabilityとは、自身の病状やICで与えられた情報を正しく受け止め、保持し、理解し、咀嚼した上で自身のinterestに沿った決断を下し、それを他者(医師、家族など)に適切に発信できる状態をいいます。ほとんどの人はこのcapacityを持っているという前提で治療が進んでいきますが、これが前提にできない幾つかのケースがあります。

 

1つ目は、緊急の場合など。患者が頭を打って昏睡状態にある時や、一刻を争う事態である時は、このcapacityがあるものとassumeした上で、多くの人々はこういう治療を望むであろうという最大公約数的な治療を行います。過去の意思決定があればそれに従います。救急隊員による延命処置などはこの最たる例ですね。

まあディベートのトピックとして問題になることはあまりありません。

 

2つ目は、mental handicap などの場合。

精神疾患のある患者などは、程度にも勿論よりますが、このcapacityを欠くとみなされることが多いです。

この場合、患者の親族や友人、それが見つからない場合はソーシャルワーカーなどによって意思決定がなされます。また、患者が判断能力のあった時期になされた意思決定があればそれに従います。

大事なことは、「患者自身がcapacityを欠くからといって、医師の説明責任が消え、自分の思う治療を勝手にやっていいということではない」ということです。

 

3つ目は、未成年です。voting rightが与えられないのと同じ論理です。情報を理解し、自分のinterestをしっかり伝えることができないだろうという。

この場合も家族がその判断を担うことになります。

 

さて、ではなぜ代わりの意思決定者が医師でなく家族なのでしょうか。

勿論治療とその効果をよくわかっているのは医師なのですが、それを理由に医師が決定権を持つのであればそもそも患者の判断能力など関係ありませんよね。みんな医師の知識にはおそらく及びません。

これが大事な理由は、治療の選択、また治療をするかしないかの選択が客観的なものでなく、倫理観や価値観に基づいた主観的なものだからです。

「そもそも西洋医学を信じるか?」

「苦痛の延命と安らかな死、どちらを選ぶか?」

「宗教的な倫理観と身体の健康、どちらを取るか?(輸血を拒否するエホバの証人)」

「理想の自己像と身体の健康では?(女優なのにお腹から人工肛門をぶら下げて歩くくらいなら少しくらいリスクがあったって平気!)」

 

これらの問いはすべて、医師が勝手に決定してその価値観を押し付けていい類のものではありません。医師はあくまでBeneficence、つまり患者のinterestに沿ってその最大限を達成するために尽くす人間でしかないのですから。

だから患者自身が判断能力に欠けているときは、患者の倫理観や価値観を一番理解しているであろう家族、あるいは近しい友人たちが選ばれるのです。勿論、特に宗教などの文脈で、親が果たして子供の意思を尊重できているのだろうかと疑問に思う時もあります(だからモーションになるのです)。しかし一般的に言うなら、上記のような考えのもとに成り立っています。少なくとも医師よりは家族の方が適切であろう、という。

 

 

Minorsの意思決定

THBT important medical decisions for children should be made by doctors instead of parents

THW allow minors to take gender reassignment surgeries regardless of parental consent

THW ban parents from forcibly sending their mentally ill children to hospital and therapies

 

 

◇ Confidentiality、秘匿義務

これは4大原則の3つめ、Non-maleficenceに大きく根ざしていると言えます。

簡単に言うと、患者の個人情報(病名、治療法、その成果など)を必要な関係者以外に漏らすなということです。私が先日研修プログラムで病院を訪れた時にも、患者の情報の書かれた紙は最終日に回収され、シュレッダーにかけられました。

簡単に言えば「プライバシーだから」なのですが、もう少し深く考えてみます。

 

あなたが精神疾患を患っている、もしくは患っていたとしましょう。残念ながら今の社会において、精神疾患患者に対しての風当たりは強いままです。もしそれが関係のない第三者にバレてしまったらどうなるか?社会的な嫌悪、就職面接での不利益、そういうものが一気に降りかかってくることになります。

また、AIDSなどに関しても同様です。コンドームの適切な着用によって感染は予防できますし、キスだけで移ることもありえません。しかし現状の社会では、このような正しい理解がないがために行き過ぎたstigmaにさらされます。あなたがSTDを持っていることが第三者にバレて、その情報が何らかの形で公になってしまった時を想像してみてください。きちんとした予防措置いかんに関わらず、他人と性交渉を持つことすら許されないという状況になりかねません。

このような行き過ぎた不利益を防ぐために、confidentialityの原則があります。

 

もう1つの理由として、単純に知られたくないよねというのも大きいです。「プライバシー」の概念に近いのはこちらの方かもしれません。自分が病気であることを人に向かって言いたくない人も多いですよね。ガンなどはもちろん、水虫とかでも嫌です。それは単に不利益を被るからではなく、病気について回る「弱い」とか「辛い」のイメージを自分に当てはめたくないからというのも大きな理由です。

 

そして最後に、医療そのものに対する信頼もあります。バラされるとわかっていたら足が遠のきますよね。結局治療自体に来なくなってしまうので、ひどい結果になります。

 

 

さて、このconfidentialityも絶対ではありません。例外的なケースを見ていきましょう。

1. 三者に明らかかつ緊急、深刻なリスクがある時

過労による鬱で精神科を受診している患者が、「あの上司殺す。もう銃も買った」と言っている時など。

    

2. 国の機関に報告し、対策を取る必要がある時

エボラ出血熱が日本で見つかった時などは、感染経路などの情報が必要なので患者の渡航歴などを保健所等に報告します。インフルエンザ、はしかなども。

 

また、明らかな銃創、重大な暴力の場合などにも報告義務があります。(この時は警察)

ただし、子供とvulnerable adults(mentally handicapped, elderly)などの時だけです。成人が配偶者から受ける暴力などの場合、拒否されたら報告できません。

 

3. 未成年の病気に関して親が決定権を持つ場合

ただし、pregnancy, STDなどについては、confidentialityが保護されます。

 

Confidentiality 

THW force doctors to report suspected cases of DV

THBT when doctors find patients with HIV, they should reveal that info to the patients’ partners

   

 

 

◇ Resource allocation

上記の原理原則からはある種独立した、非常に難しい問題です。残念ながらこれといった答えも、ユニバーサルに通底している原理もあまりありません。ここでは幾つか、allocation principleをあげて説明するにとどめます。

1. Sickest first

一番症状が重い人から順に配分していくやり方です。

2. Waiting list

先着順。

3. Prognosis

予後の予測に基づいて、一番予後が良さそうな人に分配する方法。

4. Behavior

よくモーションになるやつです。Riskyこと(生活習慣など)をしていた人は優先しないですよという考え方。

5. Instrumental value

例えば非常時などにおいて、医療従事者には優先的に配分するという方法。その人たちが助かった後、社会的な効用が高く他の人の生命に貢献できるから。

6. Reciprocity

その人が今まで社会に対して行ってきた貢献度合いによって決めるというもの。

7. Youngest first

若い人、つまり助かった後の時間が長い人に分配するというやり方。

8. Lottery

くじ引き。

9. Monetary contribution

市場経済に任せます。要するにオークション。金を出したもん勝ち。

 

Resource allocation

THW deny scarce medical resources to terminally ill patients

THW deprioritize patients with unhealthy lifestyles(e.g. smoking, obesity) when distributing scarce medical resources

 

 

 

2. 知っておくといいかという事例

 

正直なところをいうと、過去の世界での判例などはよく知りません。

ディベートのアナロジー的に重要な事例に関しては、Medical Ethics関連で検索してみてください。

 

ここでは、実際の医療のコンテクストに基づいて幾つか興味のある事例を話そうと思います。

Debate landに閉じ込められたアーギュメントを、現実のコンテクストに返す作業ですね。

 

◇ Clinical Testing

これはmedicineというよりはpharmaceuticalsの話かもしれませんが、ここでしておきます。

 

Clinical testingは、基礎研究動物実験の後に、実際に患者に投与してみて安全性や有効性を確かめる過程です。

Clinical testingが終わっていない薬はメッッチャ危ない!」みたいな話をよく聞きますが、実際のところそうでもなかったりします。

 

この臨床試験は大きく分けて2つの項目をチェックするのです。先ほども言った安全性、そして有効性。(適正用量もありますが割愛)

 

安全性とはつまり副作用の有無です。試験管の中、あるいは動物だけでは完全に副作用が予測できないからですね。これにかかる期間は意外と短いです。ほとんどの副作用(腎不全とか肝機能障害とか)って基本的に数時間、数日、長くても数ヶ月の単位で出てくるので。あと、この薬が「危険」であることを示すための症例の母数はそこまで多く必要ではありません。(詳しい話は統計学になってしまうので割愛)

なので基本的に、今臨床試験の最中にある多くの薬が、次の有効性の試験の途中ということになります。

 

そして2つ目が有効性。これが厄介なのです。効果がきちんと現れるまでには数カ月から数年を要し、また「この薬のおかげで」よくなったと統計的に有意な形で示すためには相当な患者数が必要になります。結果的にほとんどの薬がこの段階に手こずることになります。早くても3年、長いときは10年近く

 

特に遺伝子治療や免疫療法など、様々な新しい治療に関する研究成果が一気に実ってきた最近では、この長い試験をもどかしく感じる人も多いかもしれませんね。

(自閉症autismresponsible genesが同定され、それを遺伝子的にノックアウトしたマウスが自閉症の典型症状を見せなくなった、というニュースが最近ありました。研究の世界は日進月歩です。特に遺伝子の編集技術。)

 

ということなので、臨床試験に関係したモーションの時には、「そもそもどういうシステムなのか」を考えるのも一手です。

 

◇ Placebo Effect 偽薬(プラセーボ)効果。

 

「病は気から」という言葉をご存知でしょうか?

実際の臨床の現場でも、患者の心の持ちようが治療効果に大きく影響することが知られています。治療に積極的になるというレベルではなく、本当に「思い込み」で痛みなどが軽減されるのです。

 

医者が患者に「これは素晴らしく良く効く薬です」といって砂糖の塊を渡し、薬だと思い込んで飲んだ患者が実際に症状の改善を見せる、などのイメージでしょう。

 

1つ言っておきますが、肺炎とか糖尿病とか、実際にからだのどこかに今すぐ治さなければならない病変がある時にはこんな方法は取りません。普通に薬を渡します。

これが問題になるのは精神的なものが原因の症状や、取り除くことができない慢性痛の場合などです。

どのようなケースで用いられるのでしょうか。

 

1つ目は、実際に薬を渡すことで別の問題を生じうる時。

不眠を訴える患者が来たとします。原因はおそらくストレス性のもの。しかし話を聞いていると、職場でのいじめによって鬱のような症状もみられる。

この時、不眠という症状はすぐに改善しなければなりませんが、いきなり睡眠薬を渡すと、もし鬱だった時に薬をOverdose(過剰服用)して危険な状態になるかもしれません。

そこでプラセーボ効果を狙って砂糖の塊を渡し、同時に精神科への受診を勧めるのです。

 

2つ目は、他に方法がない場合。

慢性的なヘルニアやガンによって神経が傷つけられた時などは、使える薬は限られていますし、それらを使ったところで到底根治には至りません。

そこで、患者に「今さっきシップの代わりに処方した塗り薬、他の患者さんも痛みがマシになったと言っておられて好評でしたよ」と言い含めておきます。(ウソ。本当は効果は変わらない)

しかしこれを聞いた患者は、痛みが軽減されるいい薬だと考えて現実に痛みをマシに感じることが多いのです。

(実際、病院見学に行った際に東大病院の先生がやっておられました)

 

こういうのが、現実的なプラセーボ効果の例です。必ずしも効果のある薬の代わりに効果ゼロの薬を処方するだけではないのです。

「ウソ」が少し守りやすくなった気がしませんか?

 

 

◇ Terminally ill patientsmentality

さて、ディベートで末期患者というとすぐにdesperate,irrationalなどという分析が飛んできます。

もちろんそういう人も多いのですが、ここでは少し末期患者がどういうmental statusにあるのか見てみましょう。

 

病気の告知から、だいたい4つほどの過程を辿ります。拒絶、憤怒、抑うつ、受容です。

始めの3つはdesperate, irrationalで良さそうですが、末期患者がみんなそうというわけではありません。

中には自分が死ぬという運命を受け入れ、その上で自分がどう死ぬかを自分で決めたい、という考えの人もいます。

 

尊厳死の選択やホスピスへの転院などはその最たる例ですね。

また、THW allow terminally ill patients to take medicines that haven’t completed clinical testing

などのモーションにおいてこの治療薬を望むのは、第一の拒絶、抵抗の段階にある患者だけではなく、自分が死ぬことを理解し受容した上で、それでも最後までやれることはすべてやっていたい、最後まで戦ってこの世を去っていきたい、病気に対してただ何もせずに死を待つ弱い人間として自分を定義したくないしそんな目で見て欲しくない、という考えの患者も含まれているということです。

個人的には後者のキャラクターを話すのも好きです。

 

まとめると、「末期患者と言っても色々ですよ」ということです。画一的に考えるとディベート的にも広がりませんし、何より実際の患者さんたちと乖離したoffensiveな議論にもなりかねません。

 

 

◇ Triage トリアージ

災害時などにおいて、限りある医療資源をどのように分配するかの話。

症状の重さについて色分けしたリストバンドをつけて、治療の順番を決めるものです。

軽症は緑、重症は黄色、一刻を争う患者は赤、すでに死んだあるいは明らかに処置しても助からない患者は黒のリストバンドを巻いて区別し、赤、黄、緑の順に治療するというもの。黒の人は治療しません。

 

たまにディベートのアナロジーで出てくるのですが(特にresource allocationの話において)、どういう抽象化ができるか考えてみます。

 

1. 限りある資源は、公平性よりもそれを最も必要とする人のところに届けられるべき。Vulnerableな人は優先して保護されるべき。
2. それをやったところで意味のない、どうせ死んでしまう患者は見捨てても構わない。それよりは、治療の効果が大いに期待できるかつ深刻な病状の人の治療に尽力した方が効率的な医療行為である。

 

くらいでしょうか。後者はTHW deny scarce medical resources to terminally ill patientsとかで使えそうですね。

 

 

これまたディベートでよく出てくる人々です。

敬虔なクリスチャンで、「輸血は神の教えに背く行為だ」と信じています。聖書の一節からそのような解釈をしているらしいです。

医師や病院にとって少し厄介なのは、「手術中に死ぬとしても輸血は嫌です」という考えの方が少なからずいることです。

 

日本の裁判所は前例として、患者が死に代えてでも輸血を拒否していた手術で同意なく輸血をした医師に対して、自己決定権の侵害として賠償命令を出しています。

このことにより、エホバの信者たちを取り巻く医療環境は大いに変わりました。

 

というのも、そもそも医師が治療をしなくなったのです。

現在医師が取りうる選択肢は、

命が危ない状況になったら輸血をする旨を話して、患者が拒否したら治療自体を拒否して別の病院へ送る

無輸血手術を敢行する

の2択です。

 

ここで1つ、現実的な病院や医師のcharacterizationを出しておくのですが、彼らが最も嫌うのは患者が手術台の上で死ぬことです。術後の合併症とかならまだ仕方のない側面もありますが、手術前は普通に話していた患者が戻ってきたら死んでいた、となるとその責任は一気に医師に向かいますよね。

もちろんエホバの場合は無輸血に同意しているわけなので、術中死されても医師に法的責任がかかることはおそらくありません。

しかし病院の評判、周りの医師からの目、患者の目などを気にして、そういうリスキーな手術をするくらいだったらどこかの勇敢な医師に任せるかーとなりがちなのが現実です。

 

もちろん簡単な手術は引き受ける医師も多いのですが、もしかすると輸血が必要になるかもという瀬戸際の判断は弱腰になりがちです。

結果としてそれらの患者は病院をたらい回しにされ、本来であれば輸血なしでもできたかもしれない手術が病気の進行によって困難になって結局死を迎えてしまう、という事例があるようです。

 

確か、「医師とマイノリティの交渉においてマイノリティにより強い権限を与える」みたいなモーションがどっかの大会で最近あった気がしますが、こういうケースを話せればそこそこマシな気がします。

 

 

以上が、現実での事例をいくつかピックアップしたものになります。活かせるモーションがあったら是非喋ってみてください!

 

 

さて、長くなってしまいました。目安4000字で9000字書いてしまいました。すみません。

 

医療モーションはそんなに種類は多くありません。

現実に根ざしたrealisticなケースを作ること、そしてプリンシプルには理論的背景があるのを忘れないこと。

この2つを意識すれば、そこそこのスピーチはできる、、、はず!

最後までありがとうございました。これからも頑張ってください!

2018.6.29 栗原悠太朗

 



番外編:マナー① 最近の日課

みなさんこんばんは!蟻です。

先週の栗のブログを受けて、私もディベートを始めた理由について書きたいと思います。(今回はかなりパーソナルなことも入ってきます)

私は、高校時代模擬国連をやっていました。国連の決議文書がすごく好きで、言葉一つ一つの微妙な重みの違い、国々の思惑を緻密に合わせてちゃんとコンセンサスに至る過程、ああ、こういう交渉を経てこういう文言が作られていくんだな、という実感が面白くて、高1のころは国連文書を読んだり、次の会議に向けてのリサーチをしていたりしました。そのリサーチ、早口の活躍している感、文章作成は日本では評価されました。

でも、高校二年生で出た模擬国連の国際大会では、全く評価されませんでした。同じことを全部したのに、私と相棒が作った文章を読み上げた子たちが評価されていました。

その後、私はなんで評価されなかったのか、何が足りなかったのかを考え、結局は一つ、「It's not what you say, but how you say it」にオチルんだな、という結論に至りました。

ディベートを始めたのは、人の前に立つとアガってしまう自分、人とちゃんと関係を構築できて自分が伝えたいことを伝えられない自分を克服するため、です。

平たく言えばマナー改善のためにディベートを始めた、というところですね。

 

でも、私はディベートの戦略的面白さや議題の多さに没入するあまりその初心を忘れ、最初の三年は、ゆっくりしゃべろう~と紙の端に書き続けつつも、そのトレーニングを怠り、ただラウンド練をし、ただリサーチをする無策のディベーターでした。

だから、マナーは全く改善されませんでした。速い~?ということに少し変なプライドもあったのかもしれません。

それに、最近のいろいろな大会での成果が伸び悩んできたこと、あるいは就活などを通してもう一度向き合い始めてきたのがつい最近です。

自分のマナーの課題は

・滑舌の悪さ(噛んでしまったり、言葉を飲み込んでしまうこと)

・スピード

・自信のなさが言葉からにじみ出ていること

などがあると思います。それぞれでどういうことに取り組んでいるかちょっと書いていきます。

 

・滑舌の悪さ:

早口言葉の練習を毎日15-20分しています。

https://www.engvid.com/english-resource/50-tongue-twisters-improve-pronunciation/

鏡見ながら、顔の表情が左右対称になっているか、顔の筋肉がきちんと動いているかを確認し、アクセントを違うところにおいて見つつ、めちゃくちゃゆっくりから割と速くまでテンポをあげつつ10回以上噛まずに言う練習です。

まだ2週間ほどしか続けていないのですが、表情筋を伸ばす分日常会話でもあまり噛まなくなった気がします(まだ多分気のせい)

あと、笑顔が少し自然になった?気もします。英語の発音練習などしたい人にはおすすめです!

 

・スピード

日常会話の段階から直そう!ということで、話すスピードを落とすように心がけています。というか、スピードを落とすよりは、丁寧に一文字一文字話すようにして、声をなるべくきれいにすることを心がけています。

また、私は普段の言葉遣いが汚いので(じゃね?やcuss word多用)、いちいちどういう言葉を発するか頭の中で考えてから話す練習をしています。

スピードが速いのは必ずしもマナーが悪いのとは同地ではないと思いますが、きれいに話すことはマナーがよいことにつながると思うので意識すると何か変わるかもしれません!

 

・自信のなさが言葉からにじみ出ていること

一番強調したいのはここです。私は、ずっと自分の容姿や運動神経の悪さにコンプレックスを抱いてきて、いくらほかのことで努力しても、「でも私は結局ブスだし、ほかの人ほどは価値がない(だから人の三倍頑張らないといけない、だからいくら頑張っても認められないのどっちか)」という風に自分を見てきました。その自信のなさ?がスピ―チ・ジャッジングにも表れて、例えば語尾が質問状にすべて上がるとか、例えば速くなってしまうとか、焦ってしまうとか、噛んでしまうとか、色々問題が生じています。マナーがあまりよくないのも結構ここに起因しているような気がします。

日本人のスピーチってどことなく自信がなさそうな人が多い気がするんですよね。特に女子とか。自分の同期見てても、後輩見てても、本当にこれ言っていいのかな…?という風に思っているんじゃないかと思わされるスピーチが多いです。

逆にうまいと言われている人たちは、多くがもう俺絶対正しいから~みたいなドヤ感をもって話しています。

そのドヤ感身に着けるのって、どうやればいいんだろう、と三年間模索したのですが、結局自分に正直になってコンプレックスに向き合うことからなのかな、と最近では思っています。

なので最近はランニングをし、化粧動画をあさり、姿勢を常に正すように意識し、そのドヤ感を常日頃から出せるように練習をしています。

 

マナーって誰も教えてくれないですよね。

というか、教えられないと思います。

私はもう、自分の好きな自分、一番説得的な自分を毎日磨き続けるしかないと思います。

なので、オーソドックスなディベート練習からは外れますが、こういう小さい試みも、マターロードの傍ら、続けていきたいと思います。

 

Development Organizations

こんにちは、栗です!

書き込むのはこれが初めてなので、発展に関するリサーチ内容の後に私がディベートに関して普段考えていることなども少し綴っていきたいと思います。

今回は、発展途上国の開発を支援する機関を調べてみました!

途上国と一言に言っても、先日の蟻の投稿のように色々な段階があるのですが、「次の段階」に移行するためには自分たちの力だけだと足りないことが多くあります。先進国の投資家も信用してくれないし、どこから資金を得ようか、、、という途上国を支援するのが、IMFやWBなどの機関です。それぞれの働きを少し見ていきましょう。

まずは大前提ですが、「支援」だからといって「募金」ではありません。何十億ドルという規模になる以上、それはほとんどの場合「融資、貸付」という形になります。

THW cancel the third world debt などというモーションはこの辺りに大きく関わってきますが、先進国がどのような責任をどこまで負うかのお話はまた今度にでも。

1. IMF

厳密に言うと、IMFは「融資」をするのではなく、自国通貨が弱くて外貨を買い入れることが困難な発展途上国IMFの準備資産から外貨を買い入れ、将来また自国通貨を買い戻す時に「返済した」と見なされる仕組みです。

現在融資を受けている国は全て発展途上国新興市場国、あとは計画経済から市場経済へと移行している国です。これらの国は、経済状況などの理由で、国際資本市場から外貨を調達することが困難で、対外的な支払いや適切な外貨準備の水準維持が難しくなっています。

世界銀行との大きな違いは、プロジェククトベースでの融資を行っていないことです。マクロ経済、金融機関、あとはそれと関連の深い労働市場などについて支援プログラムを作って実行しますが、用途が細かく定められた融資というわけではないようです。

また、実際に必要な分の外貨に比べたらごく一部しかIMFの支援は占めませんが、IMFの支援を受けている、という事実が対象国の経済が軌道に乗っていることの証左になるため、投資家や国際社会に安心感をもたらし、追加の融資を触媒する働きにもなっています。(逆に言うなら、IMFが拒否したら他のところで投資を得るのは簡単ではない、ということです。)

さて、IMFの大きな問題点として、「本当に途上国のためになる戦略を提示しているのか?」という問いがあります。いわゆる「構造調整(structural adjustment)」の話ですね。上に述べた支援を実行するために、約束として途上国が守らなければならない条件です。

まず前提として、IMFの議決権はどうなっているのでしょうか。WTOは各国一票ながら、全会一致制をとることによって先進国が数の多い発展途上国を抑え込む構図になっていますが、IMF世界銀行の議決権はもっとシビアに、「出資額に応じて」となっています。現状ではアメリカが18%ほどの議決権を担っており、他の追随を許しません。そのためIMFのconditionalityを、アメリカへの隷属だとして批判する人もいます。

さて、構造調整の中身として主に挙げられるのが、緊縮財政と自由化です。IMFはこれらのフリードマン新自由主義的な政策を推し進めてきており、それによって各国の経済に時として破壊的な結果をもたらしました。(2005年にIMF自身、この理論に問題があったことを認めています。)

新自由主義の問題点として、国内の産業が壊滅することが挙げられます。映画「ジャマイカ楽園の真実」に描かれているようなので一度見てみたいのですが、主に米国の安い商品を国内で流通させたようです。結果として、債務に金を吸い取られるだけになって公共サービスなどの質が劇的に悪化したと。

失敗とされている例としては、1997年のアジア通貨危機があります。タイのバーツが急落したことに端を発する、東南アジアを中心とした経済危機ですが、この時タイ、韓国、インドネシアIMFの支援を要請してconditionalityとして提示された政策を実施した結果、快方に向かうどころかむしろ状況が悪化し、マレーシアなど支援を断った国々は、被害は受けたものの傷が広がることはなかった、といった事例です。

タイでは財政緊縮(政府支出の削減、利子率の上昇)が、景気後退期においてさらなる総需要の減少を招きました。企業はリストラを余儀なくされ、失業者が街に溢れかえる状況に。

韓国も、景気がV字回復したという裏には、外資を受け入れてその傘下に入ることで富を得るものと、解雇をしやすくする労働市場改革の犠牲となって倒産、失業へと追いやられるものとの間の格差が決定的になりました。

その他アフリカなどの国々も多くがこの構造調整によって苦しめられていますが、支援をしてくれる機関がIMF, WBくらいしかないので従う以外方法がない、という状況になっているようです。

2. World Bank

世界銀行には2つの貸付のタイプがあります。

1つ目はIBRD(International Bank for Reconstruction and Development)です。 比較的高所得の発展途上国を対象としたもので、市場金利に近い金利で返済でき、また商業銀行からもお金を借りることができる国のため。商業銀行で借りる時よりも返済期間が長く、また支払い猶予機関もあります。貧困削減、社会サービスの向上、環境保全、経済成長などの特定の事業に対する支援を行います。IBRDは AAAランクの信用格付で、世界の金融市場でその債券を売却することで資金調達を行います。

2つ目はIDA(国際開発協会)が最貧国に対して行うもので、これらの国は国際金融市場では信用されず、また市場金利で返済できません。そのためこれらの国に無償資金や信用(無利子の貸し出し)を供与することで、貧困の解消、生活水準の向上を図ります。

また、世界銀行の貸付の対象は政府だけですが、実際にはNGO、民間企業などの地域社会と緊密な連携をとるように政府に奨励しており、支援されるプロジェクトのおよそ半分は現地のNGOが協力しています。

そして、民間の開発が早急にできるような部門への貸付を積極的に行っています。(金融、電気、ガス、工業など)。世界銀行は民間を直接支援することは禁止されていますが、姉妹機関であるIFCは、ハイリスクの部門や国を支援し、民間への投資を拡充させるために存在しています。ちなみにもう1つの姉妹機関MIGAは、発展途上国に投資や貸付を行う人々に政治的リスクに対する保険を提供しています。

世界銀行の支援は金の貸付だけにとどまらず、技術支援が伴います。総合的な国家予算はもちろん、農村への診療所の設置、道路の建設などにどのような設備が必要かについても助言を与え、その専門家育成プロジェクトも支援しています。

3. Micro finance organizations

マイクロファイナンスは、「理念は素晴らしいけど実情が徐々に乖離してきている」印象。

これは国家やプロジェクトベースではなく、個人単位の融資です。一般の銀行は利潤追求が主な課題なので、基本的に裕福で返済能力が担保された人にしか貸付を行いません。結果として、貧しい人々、事業(と言っても、ビジネス!というよりは農業、個人商店みたいなレベル。牛を買いたい、的な。)を始めたくても資金調達に困っている人々、特に銀行を利用することができない女性たちは、法外な金利を貪る高利貸しを頼るしかなくなっている状況でした。

ここに現れたのが、自身の利潤追求に加えて貧困の削減を念頭に置き、主に女性に融資を行うMicro finance organizationsです。一番権威があり有名なのは、バングラデシュグラミン銀行。銀行員が毎週集会を開いて、資金繰りの方法を個別に相談。借りてをフルサポートして、生活の水準も上がり、借り手としての信頼性も増していく。返済率はなんと98%!!

さて、一見素晴らしく見えるマイクロファイナンスですが、問題点があることも事実です。まずはその資金。90年代に爆発的に増加した機関は、公的資金だけでは自分たちの資金を賄えなくなり、資本市場でファンドを得なければならなくなりました。欧米諸国の投資家たちが、この事業に持続可能性や収益性を見出し、「旨味のある事業」として投資しているのですが、その結果として利潤追求のインセンティブが大幅に強化されることになりました。そのため、実際の内容は高利貸しと全く変わらないような機関が出てきています。

例えばインドでは、マイクロファイナンス事業が盛んな州において、2010年の3月から11月までに、マイクロファイナンスでの借金などを苦にして70人余りが自殺しました。

今後の課題としては、金利や融資条件の透明性の担保、顧客のケア能力の増大などが挙げられます。貧しい人々にとってのほぼ唯一の救いの手であることには変わりがないのです。

さて、ここまでがdevelopment organizationsについての基本的な情報です。他にもNGOなど沢山あるのですが、その活動は非常に多岐に渡ります!

ここからは雑談!

僕が普段ディベートをどのように捉えているかについて、徒然なるままに少し書いていきたいと思います。

ディベートの楽しみって本当に人それぞれで、正解も不正解もないと思うんです。パートナーの蟻は知識が得られるのが大きな楽しみだと今朝語っていましたし、普通に勝ちてえって人も多くいるはずです。

ディベートしてマイノリティの権利語ってる、女性の権利語ってる奴が現実世界でそれと逆の言動をしてるとヘドが出る」みたいに言う人をよく見かけますが、まあもちろんそれはそうって感じであると同時に、ある程度仕方ないのかなとも思います。ディベートの楽しみも捉え方もそれぞれだし、何もディベーターだからといってそれ以外のすべての側面でディベーター然として振る舞わなければならないとは思いません。

じゃあお前はどう捉えているんだ、何が楽しくてやっているんだ、という質問なのですが、おそらく私は英語でのパブリックスピーチが好きなのです。日本語ではあまりできないけど。

自分で話した言葉によって誰かのアタマやココロを動かせる、という行為自体への憧れだと思います。だからyoutubeで見る動画は、ディベートの音源というよりも歴史上の有名なスピーチが多いし、普段のスピーチでもわかりやすさとマナーにはいつも気を配っているのだと思います。Martin Luther King Jr.も、チャップリンのThe Great Dictatorのスピーチも、エマワトソンのHe For Sheも、ああいう風にスピーチしてみたいなーって思いながら見ています。

ESSのアカデミックディベートセクションかスピーチセクションかに移るとすれば絶対に後者を選びますし、そこそこうまくやっていけるとも思います。ただ、大学生スピーチコンテストの動画を見てもイマイチ響かないのは、「教育が大事!」とか「留学生に優しくして!」とか言われても、うんそれはそう。って思って終わってしまうから。それに対してディベートは、相手がいる。それはそう。ってことだけでなく、controversialでcontentiousな所にダイレクトに説得を試みるその姿に憧れているんだろうなと思います。

しかし、きれいに響くだけでは不十分で、信じさせるためにはそれを裏打ちする知識そして中身が必要です。(ここが今の僕の病で、闘病を試みているところなのです)

周りの人たちの知恵や支えも大いに借りながら、いつか人を動かせるスピーチができるようになれたらイイな、と思うところです。

今後もよろしくお願いします!ブログはまだまだ続きますよーーー!!

各論① 発展について

どうも、蟻です。

本当は日曜あたりにポストしようと思ったんですが、風邪をひいてぶっ倒れてしまい、パートナーの栗はテストに追われてしまっていたので遅れての投稿になります><

 

今週(先週)は、「発展」に関するモーションに集中し、プレパ練習+理論の勉強をしていました。以下では、私見で、

①「発展」モーションって何?

②「発展」で使える理論

について、軽く書いていきたいと思います!

 

①「発展」モーションって何?(以下、栗がまとめてくれました)

THW make developmental aid contingent upon XX (democracy, environmental regulation...)
THBT developing nations should make English the single official language)
THBT developed countries shouldn’t accept XX from developinging (doctors, skilled workers...)
THBT ing should XX (not host international sporting events, ban members of political dynasties from running in elections, impose heavy tariff on art prodects from developed)
THBT ing should nationalise XX (essential services, natural resources, food supply)
THBT economic development organizations (IMF, WB) should not make their aid conditional on trade liberalization
などですね。

 

②「発展」で使える理論

それぞれのディベートで、議論したらよさそうなことは若干変わってくると思いますが、大まかに通底することとして

☆あるべき「発展」とは何か?

☆どうしたらその「発展」にたどり着けるのか?

☆それに対して誰が誰に対してどういう責任を負うのか?(特に先進国・国際機関→発展途上国へ)

ということなどが問われている気がします。(先週の練習があまり効率化できていないかったので、モーションの体系化ができていません。もしどなたか発展型モーションのクッキーカッター・ヴァリュー対立・トレードオフとか体系化している方がいれば、コメントに書いてください…参考にさせていただきます。)

そこで、この3つの問いに関して、どういう立場が取れるかについて、ちょっと書いていきたいと思います。それにあたって参照するのが「発展理論」(Development Theories)です。

 

☆あるべき「発展」とは何か?

そもそも、「発展」って何?

この問い、考え始めると意外とむずかしいです。最初、私は「発展」と言うと、漫画ナルトのこの葉隠れの村が一話の昭和っぽい商店街一軒家の街から710話(かな)の電力化された高層ビル立ち並ぶメトロポリスに変わりましたとさ、というイメージがあります。西洋的・近代的・資本主義的な生活事実が根付いた環境ですね(忍者はいるけどあれは西洋です)。

でも、果たして、我々が例えば現代日本で築いた大量消費社会は私たちの先祖の江戸時代の社会より「発展」した、と本当に言えるのでしょうか?あるいは、私たちの社会が、例えば伝統的な文化を維持している北センチネル島の民族より「発展している」、だから、暗に示唆していることとして、優れていると言えるのでしょうか?

「発展」をどう考えるかについては、色々な人がいろいろなことを言ってきました。ディベートでは、その概要と変遷を一応把握することは大事なんじゃないかなと思います。(☆どうしたらその「発展」にたどり着けるのか?は、求めている発展の種類によります)

発展の理論について、少し時代をたどってみていきたいと思います(ウィキペディアのDevelopment theoriesというページ、それに関連したページ、また以下のサイトなどを参照しています。

https://www.britannica.com/topic/development-theory#ref307656

www.sagepub.com/sites/default/files/upm-binaries/18296_5070_Sumner_Ch01.pdf

http://www.owen.org/wp-content/uploads/Development-and-Complexity-Slides.pdf

 

1.近代化理論(Modernization Theory)

端的に:西洋的な発展にみんないつかたどり着く!それが最高!みんなで目指そう!

主な論者:Rostow

時代:1950年代、60年代(第三世界を共産化させたくない!という問題意識)

批判:みんな同じ風に発展するわけじゃなくない?

備考:

①現在でも、「発展」にある程度このイメージはある。

②経済発展を重視したとき、Rostow はBalanced Development(すべての産業が並んで成長するんだよねーと)、HirschmanはUnbalanced Development (特定産業を優先的に伸ばしていく)を主張。後者が効果的であるとされている。

 

2.世界システム論・従属理論(Dependency Theory, World Systems Theory)

端的に:途上国が発展しない理由は、先進国を中心とし、途上国を周辺とする世界システムの中で、途上国が付加価値の低い製品作らされて高い製品買わされているからである。(これを敷衍すると、発展するにはこの従属の連鎖を断ち切るべき、とする人もいる)

主な論者:Wallerstein (世界システム論)

時代:1970年代ごろから、1.じゃ発展しなくない?という問題意識の下で

批判:世界マーケットの一部になることで発展している国がたくさんある中で正しくないのではないか(例:インド、韓国)

 

3.ネオリベラリズム(ちょっと異質な理論)

端的に:発展するためにワシントンコンセンサス導入しろ!自由かを

ワシントンコンセンサス

1. Fiscal policy discipline (avoid large fiscal deficits to GDP ratio)
2. Redirection of public spending: subsidies→broad-based provision of key pro-growth, pro-poor investment;
3. Tax reform, broadening the tax base and adopting moderate marginal tax rates;
4. Interest rates that are market determined and positive (but moderate) in real terms;
5. Competitive exchange rates;
6. Trade liberalization (low tarriffs)
7. Liberalization of inward foreign direct investment;
8. Privatization of state enterprises;
9. Deregulation
10. Legal security for property rights.
主な論者:(Friedman) IMF, WB

批判:この国々にこれ無理じゃない?→失敗

備考:これへのもう一つの批判として、こんな画一的な政策要請していいのか?というものがあった。次につながる。

 

4.批判理論(Critical theory)

端的に:本当に発展ってそんな単純なことなの?いろんな発展がいろんな人にあってしかるべきではないか?なんでみんなアメリカにならないといけないの?そもそも発展って何?

主な論者:Sen, Nussbaumなど。いろいろ

批判:じゃあどうすればいいの?があまりはっきりしないこともある

重要:以上の1.から3.は、Modernization Theoryをなんとなく背後にしたEconomic Development重視の理論だが、批判理論により、 Sustainable Development, Gender focused Development, Human developmentなどいろいろな新しい視点が出てきた。

特に、Capability approach が今の発展では重要とされている。人間はFunctioning (What we are capable, want to be capable, or should be capable to be and/or do)ができるようなCapabilityを与えられる存在であるべきである、ということを基本的な趣旨としている。どういうcapabilityが重要にされているかの例として、Nussbaumの10のcapabilityがある(Life, Bodily Health, Bodily Integrity, Senses, Imagination, and Thought, Emotions,  Practical Reason, Affiliation, Other Species, Play, Control over one's Political & Material Environment)。これは、SDGの背景にある考え方になっている。

 

☆それに対して誰が誰に対してどういう責任を負うのか?(特に先進国・国際機関→発展途上国へ)

責任の議論は、発展途上国から搾取してきたから先進国は何々あげるべきだ~というとても大雑把な議論もできますが、たいていのディベートでは、まああるかもしれないけどだからなんでこういう形態で発展させるの?という話になってしまう気がします(環境と発展とかいう話が出てくるとまた少し変わってきますが)。なので、私はだれが何を必要としていて、それを誰が提供できて、あるいは先進国が何々を提供したら、こういうメカニズムでこういう発展ができるんだよ、という説明をしたいと思いますし、そういうのを聞くのが好きです。

なので、ここでは発展ディベートに出てくるアクターの話をします!Waltzの理論でいえば、↑でシステムの話がある程度出てきたので、Man と Stateの話ですね。

1.国

発展途上国:いろいろあります!!!!どの発展途上国の話をしているのか、常に意識しましょう。

大きさを基準とした区分として、

Least Developed Countries : 最貧国、後発開発途上国、第四世界。47か国。定義上、Poverty, Human Resource Weakness, Economic Vulnerabilityがある。例:アフガニスタンシエラレオネはじめサハラ以南アフリカ諸国の多く、ミャンマーなど

Frontier Markets: 27か国くらい。最貧国よりは発展しているが、Emergingとするには小さい。例:ベトナムケニアスロベニア、アルゼンチン、バングラデシュなど

Emerging Markets:発展した市場の特徴も持っているが、完全には発展していない国

例:チリ、ペルー、ハンガリー

Newly Industrialized Economies: 発展しきってはいないが、マクロ経済的にほかの発展国を追い抜いた国。

一覧:ブラジル、インド、中国、南アフリカ、メキシコ、マレーシア、タイ、トルコ、インドネシア、フィリピン)

・先進国。これはもう少しわかりやすいですね。ただ、重要な議論としてPutnam の2レベルゲーム(国内政治も考えようね!!)的な話を忘れないと分析が広がる気がします。

 

2.機関

・国際機関:発展で重要なのは、IMF, 世銀、国連(後日栗の記事が挙がります)

NGO:国際NGO、国内NGOなど、多岐にわたります。例えばバングラデシュに確か6000個くらいあります。

・国内機関:地方自治団体、国内企業、ロビイング団体などなど

 

3.人(特に援助対象としての)

例えばの軸:

・子供と大人

・エリートと民衆(特に政治家、産業家がこういう国でどういう立場をとるのか)

貧困層と富裕層

・男と女、性的マイノリティ

・低賃金労働者とskilled labor

・主要民族と少数民族、主要な人種と少数の人種

 

具体的に描くと、どういう人がどういう発展を求めていて、何かを導入するときにどう動くのかが見えやすくなるかな、と思います!

 

長くなりました(今度からもうちょっと使いやすくまとめます)が、もし使える分析があれば幸いです!思ったこと+こういう理論とかもあるよーなどあればコメントいただけると助かります!

ではまた~

 

世界大会に向けて

こんにちは!

ブログにお越しいただきありがとうございます。

蟻(ディベート歴3年ちょい)です。

 

これから、私はチームメイトの栗(ディベート歴2年ちょい)と、半年をかけて大学対抗英語パーラメンタリ―ディベートの世界大会(Worlds University Debating Championship; 通称ワールズ)出場に向けて練習をしていきます。

 

こちらのブログでは、世界大会に向けた練習の様子、日ごろ考えていることなどをつづらせていただきます。

将来WUDCに出る人を含め、広く日本語が主言語でも英語ディベートをやっている人に参考になれば幸いです。

 

はじめるにあたって、英語パーラメンタリ―ディベート活動とWUDCの紹介をさせていただければと思います。

 

1.What is English Parliamentary Debating?

英語パーラメンタリ―ディベートは、議会での討論を模した競技です。

色々な形式がありますが、私たちが出る大会はBP形式(British Parliamentary Style)ちう、イギリスの議会の方式に依るものです。

BP形式では、試合開始の15分前に、肯定側に立つか否定側に立つかが指定され、議題を提示されます。

パートナー一人と協力しつつ、自分たちのスピーチを準備します。

スピーチは一人7分間ずつで、1分経過した時点から6分経過するまでの間は、反対側のチームからPoint of Informationという質問をすることができます(しゃべっている人は必ずしも質問を受け付けなくても大丈夫です)。

また、この形式の特徴的なこととして、それぞれ肯定側、否定側に2チームずついます。

そうなんです。4チーム対抗で、1位(3点)→2位(2点)→3位(1点)→4位(0点)という感じで、点数がついていきます。

そのため、戦略としては、「とりあえずびりは絶対とらない!!」というのがとても大事なんですね。

 

2. What is WUDC?

WUDCはBP形式パーラメンタリーディベートの世界大会です。毎年、世界各国から200チーム以上が参加し、9試合の予選の合計点数が高いチームが予選を突破、トーナメント形式の本戦に出場できます。

昨年度の優勝チームはハーバード大学、というように、欧米の名門校が本戦を独占する傾向が例年続いています。

私たちは、今年開かれるCape Town, South AfricaのWUDC 2019に出場する予定です。

日本人が「メイン」という英語を母語として話す人のカテゴリーに進出したことがない中、色々と不安はありますが、パートナーやほかの大学の出場者などと力を合わせ、結果を出せるように頑張ります!!

 

半年間、どうぞよろしくお願いします!!